お笑いコンビ・フットボールアワーの後藤輝基さんは、舞台での鋭いツッコミとは裏腹に、嫁と互いに「ぺろちゃん」と呼び合っています。
嫁は11歳年下の宮崎県出身女性で、後藤さんとは大阪時代から長くお付き合いされていました。
2013年、テレビ番組の電話越しに「結婚しようか!」と告げたプロポーズには、後藤さんの飾らない誠実さが詰まっていました。
「テルちゃん」から「テロちゃん」「ぺろちゃん」へと変化した愛称の由来も、呼び間違いがそのまま定着したという後藤さんらしい話です。
ふたりの歩みと、3人の男の子たちとの家族の物語を、一緒にひもといてみます。
テレビでは見せない後藤輝基さんの素顔──「ぺろちゃん」と呼び合う夫婦

後藤さんと嫁は互いに「ぺろちゃん」と呼び合っている——呼び間違いがそのまま定着した、ふたりだけの愛称です。
フットボールアワーの後藤輝基さんが生まれたのは、1974年6月18日。大阪市東淀川区に生まれ育ちました。
相方・岩尾望さんとのコンビ・フットボールアワーは、2003年のM-1グランプリで頂点に立ちます。その年を境に活動拠点を東京へ移し、全国区のテレビで知られる存在になっていきました。
舞台やテレビの後藤さんは、間髪を入れないツッコミで笑いを生み出す人です。大阪弁の切れ味で場の空気を一気に引き寄せる場面が、ファンには思い浮かぶでしょう。
でも自宅では、嫁と「ぺろちゃん」と呼び合っているというのですから、テレビで見る顔と家族の前の顔の温度差に、つい笑みがこぼれてしまいます。
大阪時代から続いた長い交際と、2013年「行列」での電話プロポーズ
後藤さんの嫁は、11歳年下の宮崎県出身女性です。本名は公表されていませんが、後藤さんとは大阪時代からすでに交際されていました。
M-1グランプリを制した2003年以降、後藤さんは東京でのスケジュールが増えていきます。大阪で待つ彼女に、「長く待たせてしまっている」という思いを抱えながらも、ふたりの関係は続いていました。
転機は、2013年のことです。日本テレビ系『行列のできる法律相談所』の企画「ゲストが謝りたい人」に後藤さんが登場しました。
司会の東野幸治さんに「そろそろ、プロポーズせいや!」とけしかけられた後藤さんは、震える手で電話を握ります。後藤さん、当時39歳。嫁は28歳でした。
大阪から一緒におったやんか、東京に出てきて、長らく待たせたな申し訳ない。結婚しようか!
引用元:オリコンニュース
「うん」。嫁の返事に、後藤さんは身体を仰け反らせて歓喜したといいます。スタジオにあたたかい拍手が広がった、2013年8月11日のことでした。
婚約は同年8月16日に事務所を通じてFAXで発表され、入籍は8月29日。翌2014年4月には、宮崎県内で挙式を挙げました。
「大阪から一緒におったやんか」——その一言に、長い時間が凝縮されていました。大阪という場所と、東京という場所の間を、ふたりはゆっくりと歩み寄っていったのだと思います。
11歳という年齢差で、それでも時間をかけて家族になることを選んだふたり。長く待ってもらった彼女との時間が、結婚という形になった瞬間でした。
宮崎の病院で誕生した長男と、2023年に届いた一卵性双生児

結婚から2年後の2015年6月24日、後藤さんに第一子となる長男が生まれました。宮崎市内の病院で午前10時48分に誕生し、体重は3336グラム。後藤さん、41歳のときの喜びでした。
長男誕生の日、後藤さんは所属事務所を通じて、こんなコメントを発表されました。
私事でありますが、この度、奥さんが元気な赤ちゃんを産んでくれました! 母子、岩尾、ともに健康です!
引用元:オリコンニュース
家族の誕生を知らせるコメントに、相方・岩尾さんの名前まで入れてしまう後藤さん。
仕事の相手が、家族のお知らせにも並んでいる。その距離感が、後藤さんらしくてたまりません。
誕生のたびに相方の名前まで添えてしまう後藤さん——家族と仕事の境界がないこの温度感が、この人の誠実さそのものに見えます。
後藤家には代々、「基」の字を名前に上下交互で受け継ぐ習わしがあります。祖父が「○○基」型、父が「基○○」型、後藤輝基さんは「輝基(○○基型)」。
長男も「基○○」の形で命名され、名前という形で家族のつながりがひそかに受け継がれています。
そして2023年6月、後藤さん49歳のときに、一卵性双生児の男の子2人が誕生します。2023年7月24日の会見でサラッと報告され、「男男男ですね」と報じられました。
双子も後藤家の命名スタイルで「○○基」の形で命名されたといいます。長男と双子、男の子3人の賑やかな家族になりました。
後藤さんが家族のコメントで岩尾さんの名前を出すのも、舞台でも家でも同じ距離で生きているからこそ、自然に出てきた言葉だったのかもしれません。
「母子、岩尾、ともに健康です」って、笑えるのにあたたかくて。舞台と家族、後藤さんの中では同じ温度なのかな。
「テルちゃん→テロちゃん→ペロちゃん」呼び間違いから生まれた愛称
後藤さんと嫁のあいだには、「ぺろちゃん」という愛称があります。でも最初から「ぺろちゃん」だったわけではありません。
嫁はもともと、後藤さんの名前「輝基(てるもと)」から「テルちゃん」と呼んでいました。それがある頃から「テロちゃん」になり、さらに「ぺろちゃん」へと変化していったといいます。
元々は後藤の名前「輝基」から夫人に「テルちゃん」と呼ばれていたのが「テロちゃん」になり、「ペロちゃん」と変化した。そしてある日、後藤が夫人を「ほんでな、ペロちゃん」と間違えて呼んだのを期に、お互いに「ペロちゃん」と呼び合うようになったのだとか。
引用元:デイリースポーツ
「ほんでな、ぺろちゃん」。後藤さんがうっかり嫁に向かってそう呼んでしまったのが、ふたりの愛称の誕生でした。
訂正するでもなく、そのまま呼び合うようになったというのが、後藤さんらしくて。大阪時代から長く待ってもらった彼女の前で、うっかりした呼び間違いをそのまま定着させてしまう。その不器用さが、むしろ誠実に見えます。
もうひとつ、好きなエピソードがあります。後藤さんは気合を入れて臨む番組には、嫁から贈られた香水を多めにつけて出演するのだそうです。
まとめ
「大阪から一緒におったやんか、東京に出てきて、長らく待たせたな申し訳ない。結婚しようか!」
その言葉には、長年待ってもらったことへの詫びと、後藤さんらしい飾らない誠実さが詰まっていました。
呼び間違いが愛称になって、誕生のコメントに相方の名前が入って、香水をつけて舞台へ向かう。そんな場面のひとつひとつに、後藤さんという人の温度が出ています。
嫁と3人の男の子たちと、「ぺろちゃん」と呼び合う日々が、穏やかに続いていきますように。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
「ほんでな、ぺろちゃん」って間違えて、そのまま定着してしまうのいいですね。仲の良さが伝わってきます。
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